今日の月は、きれてる。
ぐっさりとナイフのようにささるよ。 明日からはディセンバー。 どうにでもなれ。 7記事ほどアップしました。 どれも、なっが~い。 ちょいちょい校正しておきます。 先週は、「1Q84」と ポール・オースター「幽霊たち」、 リチャード・バックのフェレット物語1「海の救助隊」 を読んだ。 |
あと2日もすれば師走。
今年ももうあと少しですね。 12月は毎週のようにクリスマスコンサートがあり、 演奏の機会も結構あるので、ピアノの上には、 コンサートごとにわけた楽譜が山積みです。 まずは12月6日のコンサート。 誰もが知っている曲を。という主催者のリクエストで、 プログラムは名曲中の名曲ぞろい。 ショパンの軍隊ポロネーズにノクターン、 華麗なる大円舞曲、子犬のワルツ、 月の光、アラベスク、愛の挨拶。 など、誰もが知っている曲を、トークを交えてのコンサートになりそうです。 トーク・・・ 普段はおしゃべりな私ですが、トークはとっても苦手なのです。 いったい何をしゃべるかなあ。さて困った。 師走のお忙しい中を聴きにきてくださる方が、 ひと時でもほっこりした時間を過ごしていただけるように頑張ります。 何度も弾いている曲ですが、 今感じられることも発見もあり、練習は楽しんでます。 でも本番は別モノなのよね。 いくつになっても、本番は緊張します。 あ~ん、トーク・・・ どなたかアドバイス下さいませんか? |
「This is it」を見た。
全盛期の頃は、よく聞いていたし、 ジャクソン5は大好きだったけれど、 整形したり、裁判沙汰になったり、 スキャンダラスな出来事から気持ちが遠ざかっていた。 けれど、映画を見て、 この人は、超超一流の人だったんだ。 この人は、死ぬべきじゃなかった。と思った。 映画は、 50歳での復活コンサートのバックステージやリハーサルを集めた、 メイキングフィルムのような作りになっている。 ダンサー、演出家、バックミュージシャン達は超一流で、 バックステージはワクワクするほどのエネルギーとファンタジーに満ち溢れているが、 その中でも、マイケルの才能は桁外れに見えた。 そのヴィジョンの豊かさ明確さ、 音楽性の多様さ的確さ、(それはたぶんダンスも) 自身の歌とダンスの完全さ。 (リハーサルなので、本気ではないけど、 本気出したら、すご過ぎたろうなあ。見たかった。) そして、スタッフへの指示が、 あんなにタイトで、かつど真ん中に的確なのは見たことがない。 音楽で指示を出す。 というのは、レッスンもそうだから、 私の仕事もしかり、 今までもいろんな音楽家のレッスンでたくさん触れている。 けれど、言葉少なく的確というレッスンはそうそうない。 マイケルのスタッフへの指示を見て思い出したのは、 霧島音楽祭の声楽のマスタークラスで見た、 アンナ・トモワ=シントウのレッスンだ。 彼女は無名の頃、指揮者のカラヤンに大抜擢され、 その後ザルツブルグ音楽祭にも出演するほどの超一流のソプラノ歌手になったが、 60歳を超えた彼女のレッスンは、 いつも穏やかで、わかりやすく、言葉少なだった。 けれど、一つ一つの言葉に無駄がなく、全てがど真ん中に的確。 それが、どんなに難しい事であっても、 どこを目指しているのかはっきりわかる。 聴講しながら、これが、超一流ってことなんだ。 と心の底から震えた。 目指している方向はひとつ。 それは神の愛とよべるような、 真実から紙一枚も隔たれないような、クリアで揺るぎのない音楽。 そんな風に、揺るぎのない音楽を持ち、的確に指示が出せる人は、 私が知っている中では、シントウと、そしてマイケルしかいない。 マイケルは音楽家としてもすごかった。 (ミュージシャンと呼ぶのが正しいのかもしれないけど、少し軽薄さも含まれている感じがする) 歌と、右手と、左手と、足と、すべてが、 ばらばらに動き、 でもひとつのメッセージを強烈に伝えている。 体全体がポリフォニーの音楽みたい。 いくつもの層が、彼の一瞬一瞬にはあり、 それが、表現に深みを与える。 そして、もうひとつすごいと思ったのは、 マイケルのメッセージの多様性だ。 例えば、ショパンなら、心の深い部分をじかで触れることはあっても、 地球を救おうというような、広いメッセージはないし、 例えば、ハイドンなら、セクシーな気持ちとかが聞き取れる事はあまりない。(と思う) クラシックではある程度、興味が限定されやすいのだろうか。 けれど、マイケルの想像力、興味は幅広く、 そのメッセージは多様で、それらが真実味をもって深く感じられていることだ。 この人は、もっと、 私たちに音楽を伝えるべき人だった。 これだけの才能が有るという事は、 本当に生きていくのは大変だったと思う。 モーツァルトもそうだけど、 そういう、桁外れの才能は、 努力して勝ち得たものではないので、 手に余す事だってあったはずだ。 けれど、それを、 途中でどんなスキャンダラスな事があったとしても、 最終的にその神から与えられたギフトをちゃんと使う努力をした。 残された曲も、この映画で見るマイケルの存在も、 自分に与えられた事を全うしようとする、勇気と努力をエネルギーを感じるし、 そんなマイケルに心からの敬意を表します。 もっと、もっと生きていて、欲しかったな。 亡くなってこのことに気付くなんて、なんて神様は意地悪なんだろう。 |
このところ、筋トレとランニングが楽しい。
ひとりでするスポーツが好きなのかもしれない。 登山も基本的にはそうだし。 ドッジボール、バレーボール、バスケットボール。 コートでするスポーツは、小さい頃から違和感があって苦手だったけれど、 黙々と泳ぐとか、走るとかは嫌いではなかったし、 マラソン大会でも運動部でないわりには、なかなかの成績だったのは自慢だ。 瞬発力はないし、判断力もイマイチだけど、 持続するとか、付加がだんだん強くなるのは平気みたい。 なんだか、運動神経は性格を表す言葉と一致しているようだ。 今はもっぱらジムでは筋トレとランニング。 基本的な最低ノルマは5キロ走って、5キロバイク。 最近は10~12キロ/1時間で走っている。 体調にもよるけれど、 この5キロがあっという間の時もあれば、なかなか進まないときもある。 足が進まない。ランニングメーターが進まない。息が上る。 そんな時、 わたしはよく今弾いている曲を頭の中で反芻する。 大体10~12時間・キロで走っているので、 5キロだと約30分。 ハイドンのソナタだと、全楽章を2回弾く位。 ショパンのソナタだと全楽章一通り分の時間だ。 足を動かし走りながら、 音楽をよどみなく頭の中によみがえらせるのは、 なかなか骨の折れる事で、 途中でどこを弾いていたかわからなくなったり、 何度も同じ部分を弾いたり、(実際弾いているわけではないけど) 思い出せなくなったりする。 練習で弱いところが露呈する。 相当集中していないと、最後の小節まで行き着かない。 でも、そうして音楽に集中して走っていると、 目の前のランニングメーターはいつの間にか、 目標をすんなりクリアしていたりするのだ。 すごく不思議だ。 心の中の音楽に気持ちを集中させ、それに合わせ走っていると、 走っている事よりも、音楽が中心になり、 弾いている時と同じように、 曲に合わせて指先が緊張したり、腕の筋肉が緩んだりしてしまう。 曲をとぎらせないように、心を集中させていると、 いつしか足の痛みや、自分の息の荒さが聞こえなくなるのだ。 「Pain is inevitable. Suffering is optional」 という言葉があるそうなのだけど、 ハイドンのソナタを心の中で2回弾き終えて、 同時に予定よりも多い7キロをすっきり走リ終えたとき、 世の中の苦痛はいったい本当なのかしら?と思ったりする。 「Pain is inevitable. Suffering is optional」 (痛みは避けがたいが、苦しみはオプショナル(こちら次第)) こちら次第だ。 |
来たかもしれないな…
昨日の帰り道、 目の前にパン屋があったから。 という理由だけで、衝動的に3店のパン屋に入り、 計算なく菓子パンを買い込んだのに、 食べたくない。 食欲がないの。 昨夜の夕食は野菜いっぱいの寄せ鍋にして、 ブランデー入りのハチミツレモンを作って、 早寝したけど、 なんだか、 すぐれないの。 だって、 昨日までインフルエンザだったよ~、とか 明日から学校行くの~。 とか言って、 鼻をすすりながらニコニコレッスンに来る子供だちばかりだもんなぁ。 元気になってよかったね。 来てくれて嬉しいよっ♪ でもでも、マスク、しなくていいのかい…?? 動きを少なく、 あったかくして1日過ごしてるけど、 温存中な感じ。 重い体だなぁ。 暴れだす前に、抑えこんでいまいなぁ。 今夜もお鍋とレモンと絶対早寝だなっ。 |
11月は茶道では開炉(かいろ)といい、
風炉から炉にお点前が移ります。 しゅんしゅんと沸くお湯に、勢いを感じ出すのもこの頃からです。 時同じくして、 5月に摘んだ茶葉が、新茶として飲めるようになるのもこの霜月。 その年の新茶の入った壺の封を切って楽しむ、口切の茶事があります。 茶道の11月は、新年のような晴れやかな月なのです。 霜月2回目の今日のお道具には、 色とりどりの紅葉が描かれ、金色で縁取られたお茶碗がでていました。 10月の侘びたお道具から一転、 艶やかなお茶碗に、心も明るく、 寒さを楽しむ気持ちにもなっていきます。 そう、冬って昔から嫌いじゃないのです。 クリスマスもあるし、ホットチョコレートはおいしいし、 ダウンコートはぽかぽかだし、雪山は美しいし! ケーキも一年でもっとも美味しく感じる季節! そうそう、先日先生に、 「あなたもそろそろお稽古に着物を着ておいでませ」といわれ、 着物デビューを心積もりしている今日この頃。 1人で着物がきれるようになったら、かっこいい! タイトルは百人一首の一句。 もみじとくれば、これですね、龍田川。 ちはやぶる神代も聞かず龍田川 からくれないにみずくくるとは(在原業平) 百人一首の中には、もう一首、龍田川を詠んだ句があります。 私はこちらのほうが好きかな・・・。 嵐吹く三室の山のもみじ葉は 龍田の川の錦なりけり(能因法師) 真っ赤に色づいた紅葉って、心が燃えませんか? いつだか、晩秋の夕暮れに大原の紅葉を見に行った時、 そのあまりの鮮やかさにちょっと頭がおかしくなりそうだった。 そういった狂い様が、この2句には漂っているところがすごいな。 今週末辺りは紅葉が良さそうですね♪ ではまた。 |